●そのころ、原作者として特別な努力は?


ドーベルマンに関して言えば、新聞の切り抜きね。
新聞の記事、スクラップしてた。
面白そうだなって事件は全部スクラップして取っておいたからね。
今考えると、大真面目だなと思うよ。
本当、新聞をずっと読んでた。

やっぱ刑事ものだからしょうがないわけ。
どっかで、事件ひっかけとかなきゃいけないわけだから。


●読者から書き手になって、漫画に対する考え方はかわりましたか?

あんまり人の漫画見なくなったかな、逆に。
そうだね、人の漫画見て楽しむってことなくなったかもね。
絶対見て比べるってほうだよね、楽しむんじゃなくて。
何描いてんだ、あいつって。面白いのか、面白くないのかって。
だからある意味では、ヒット作が出たことによって、
見方は、同じ土俵、送り手の感覚で、ライバル的な見方になったかもしれないね。
読者じゃなくってね。


●そのころの苦労話は?

ひどい話があるんだよ。
ある市民団体に…、(差別問題で)ひっかかったのよ。
俺の(毒)はきついでしょ。
ひっかかって謝りに行かなきゃいけないと。

編集が、おい、武論尊ちょっとつきあってくれって、
平松は?って言ったら、
あいつは将来があるからって(笑)、
俺は将来ないのかよって!

お前は原作者だからってさ、
西村さんと担当と3人でさ、謝り行ってさ、
謝りに行って絶対文句言うなって、
そこで、すみませんでしたって言っとけって。
だから、一生懸命耐えてたの。

そしたら、その団体の一人のおばさんが立ってさ、
原作者の先生はどこの学校を出られてるんですかって言ったの。
そんでそのときに、いや、僕は中学しか出てませんって言ったらさ、
ほら、そんなことだからこんなものしか書けないのって言われたの。
その瞬間にプチっとなって立ち上がろうとしたら、
横から2人が一生懸命押さえるの。
こらえろ、こらえろって。

すっごい学歴差別じゃんか。
そういう人たちが、なんで人権的な運動やってるんだって思ったときに、
俺はあんまりそういった人たちは信用しないよってなったんだけど。
でも、そのおばさんが言ったことで、その団体もシーンと…、
向こうもしまったと思ったらしいのよ…逆に。
だけど、けっこうきつい吊るし上げだったよ。
最終的にそんなこと言われてさ。

あれは、今でも鮮明に覚えてるな。
平松君は将来があるからという言葉と一緒にね……………(笑)。

それと、『ドーベルマン刑事』やってるときに、
専属契約しろって言われて、
できない、俺は他でもやりたいからって言ったら、
呼ばれて…、向こうとしちゃあ、
じゃあ『ドーベルマン刑事』辞めるかってことになるんだけど、
こっちとしても絶対終わらないなって目があるでしょ、
人気あるんだから。
そしたら、最後まで突っ張り切れるわけじゃんか。
ああ、いいですよって。
そしたら、向こうは黙って、最後に編集長がにやって笑って、
おめーはがんこだなあって言って、終わり。
そのかわり、史村翔でやれよってね。


●そこまでフリーにこだわった理由は?

結局、原作者ってのはさ、一人の漫画家とだけ組んでても、
勉強には…、発展がないわけ。
例えば、『ドーベルマン』だけやってて、他のも書きたくなるわけ。
刑事ものだけでなく、やっぱりコメディーも書きたいし、
ハートフルなものも書きたいし…、
やっぱり書きたいんだよね、他を。
だから、それは(専属は)勘弁してくださいってことで。

まあ、俺に関しては特例、人には言うなよってことで…。
だから、しばらくは史村翔と武論尊が同一人物ってのは、
関係者以外はあまり知らなかったと思うよ。

だから、そのあと、ある意味いい作品が書けたっていうか、
続いたからね、ヤングマガジン? 創刊からやったでしょ。
それから少年サンデーの『ファントム無頼』か。
いろんな意味で正解だったと思うけどね。

【編集メモ】

*『ファントム無頼』1978(S53)年4月号〜1984(S59)年2月号 増刊少年サンデー 
 小学館 漫画/新谷かおる


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