プロとして活躍しているマンガ家さんたちもかつては新人さんだった(あたりまえだけど)。新人のマンガ家さんにとってデビューは良きにつけ悪しきにつけ、忘れられないターニング・ポイント。このコーナーでは、マンガ家さんのデビューの頃の話を質問形式で語ってもらいます。
【第64回目のゲスト/川石哲哉】
【川石哲哉先生への30の質問】
  • デビューはいつ頃ですか?
    1989年のお正月。昭和最後の年にして平成の始まりの瞬間でした
  • デビュー作のタイトルは?
    『過激刑事(かげきでか) 大場純希(おおばじゅんき)』
    そのまんまのタイトルですね?(笑)

  • デビュー作の簡単なストーリーを教えてください
    当時、流行っていました「あぶない刑事」や「西部警察」を意識した
    刑事アクション物ですね

  • デビュー作でもっとも描きたかった事は?
    カッコいい刑事さんのカッコいいアクション! そして男の友情!(照)

  • デビューした雑誌は?
    「月刊少年マガジン」さんです

  • どのような形でデビューしましたか?(マンガ賞受賞作、持ち込み作など)
    漫画作品自体は月マガさんの漫画賞へエントリーし、準入選を頂きました。
    その直後、連載作家さんのご病気で休載となり、そこを埋める形で

    デビューが決まりました
    その際に、投稿作60ページの内容を45ページに描き直しを行いました。
    アシスタント先で頂いた掲載のお電話の嬉しさは忘れられませんね…(懐)


  • デビュー作はマンガを描き始めてどのくらい(期間)でしたか?
    20歳でこの業界にお世話になり22歳でデビューですから…
    2年目で良いのかな?(笑)

  • またそれは何作目ぐらいでしたか?
    お蔭様で2作目でのデビューだったと思います

  • その頃の本業(学生、フリーターなど)はなんでしたか?
    この業界にお世話になっていました。色んな先生の所へアシスタントで
    お世話になってました。
    今にして思えば恥ずかしい事ですが、当時の僕は右も左も判らない癖に

    生意気なだけの小僧でした。
    そんな自分にこの業界の道を説き、様々な事を教えて下さいました

    沢山の先輩方に本当に感謝です

  • その頃は本気でマンガ家を目指していましたか?
    それは本気でした。他の選択肢は僕の中では完全にありませんでした

  • もしマンガ家としてデビューしていなければどんな仕事につくつもりでしたか?
    この業界へお世話になる前のお話ですが、アニメーションの演出家になりたくて
    アニメの専門学校へ通っていました。東映動画(現、東映アニメーション)さんの
    採用試験を受けた事もあります。(結果は…まあイイじゃないですか)(汗)

  • マンガ家デビューの際の家族の反応はいかがでしたか?
    それは喜んでくれた〜…と思います。
    と、言いますのも前に書きましたように掲載のための加筆修正作業を非常に

    短期間で行っていたのでそれに集中するのに当事は必死でした…
    終わってからは放心状態でしたし…(汗)
    でも気が付けばデビュー作掲載誌を何冊も買ってくれたみたいですので、

    やはりそれは〜…ね(照)

  • 目標としていたマンガ家さんがいたら教えてください
    当時…ですか?
    本当のほんと〜に僭越しきりではありますが、しげの秀一先生!

    『バリバリ伝説』が大好きでした。
    神矢みのる先生! 『プラレス三四郎』が大好きでした!!

  • そのマンガ家さんのどこにひかれていましたか?
    しげの先生のあのシャープな線によるメカ描写!
    そして色んな意味でクールな画面とお話の展開!
    神矢先生の繊細かつ、大胆で実にカッコいいとしか言いようの無いアクション描写!
    素敵です!本当に!!


  • デビュー作の原稿料または賞金は何に使いましたか?
    覚えているのは確か…コンパクトカメラ買いました! 池袋のビッグカメラで。(笑)

  • デビューが決まった時の感想は?
    「感無量」…この言葉はその後、折に付け感じることになるのですが、
    この時の感じ方は人生でのベスト5には確実に入りますね!

  • デビュー作が実際に雑誌に掲載された時の感想は?
    ああ、それは別です。不思議ですね…嬉しさはあまり無かったです。
    その余りの出来の悪さ具合に閉口したと言うのが現実です

  • デビュー前後でマンガに対する考えかたに変化はありましたか?
    デビュー前はそれは「誌面に掲載されれば全て嬉しい!」と思っていましたが、
    前に書きましたように実際はそうでもありませんでした…
    自分の納得の行く誌面で画面作りを目指したい…それが目標になりました。
    それは今でも追求中です。なかなか上手く行きません。

    描く度に反省点テンコ盛り〜って感じですね(汗)

  • デビューの頃、編集者と打ち合わせをどの程度していましたか?
    「新人は週一で会わなければダメである!」というのが
    当時の担当してくださった編集者さんのポリシーでした!
    当然、それに従い…ました…かな?(汗)

  • その頃編集者との打ち合わせでためになった事は?
    今でもそうなのですが…(笑)
    少ない自分の引き出しを広げてくれるように指導して頂いたと言うか。
    物事、事象に如何に興味を持って取り組むのか?
    食わず嫌いで物事を敬遠するな。好きな物だけに興味を特化するな。

    そんな作家としての取り組みのイロハみたいな物を匂わせてくれましたね。
    匂わす…そう、直接的には語ってはくれない方が多かったですかね?

    ソレを感じ理解できるもの作家としての資質のひとつ…
    そう言外に語ってくれていたのかも?(笑)

  • 逆に編集者との打ち合わせで苦労したのはどんなときですか?
    前に書きましたように直接的な「ここをこうしよう!」的なお話より、
    全体的に俯瞰で物を見る意見が多かったのでその中から自分に必要な要素を
    汲み出す作業とでも言いましょうか?
    結局は自分の持つスキルでしか作品は描けませんので、人様の意見を如何に

    自分のニーズに合わせて行けるのか、また大抵は人生の先輩である編集者さんへ
    拙い自分の考えを説得力を持って伝えられるのか…打ち合わせ術と言いますか
    ディベート術と言いますか?
    そんなスキルを身につける事が苦労と言えるのかも知れません

  • 編集者との打ち合わせなどはどのような形でしていましたか?
    最近では打ち合わせ用素材は可能な限り事前にお送りしてから打ち合わせに
    挑むようにしておりますが、当時は約束の時間ギリギリまで素材を作り
    (時には行きの電車の中でネーム描いてました(笑))
    そのまま、出版社近くの喫茶店などで打ち合わせ。
    その時間の目安は1時間半オーバーが目標。
    逆に1時間程度のお話なら中身が薄い打ち合わせと反省。
    普通、まともな打ち合わせをしようとすれば、まず2時間は掛かりますからね


  • 編集者とのつきあいで思い出に残るエピソードがありましたら教えてください
    普段は会社にて打ち合わせをするのが常の某編集者さんがある時、遅い時間にも
    関わらず仕事場を尋ねて来てくれて食事に誘ってくれました。「何事か?」と思って
    付いて行くと、その場で「連載打ち切り」を伝えられました(笑)

  • デビューの頃、良きライバルとか、語り合えるマンガ家さんはいましたか?
    お蔭様で同期の仲間や歳の近い先輩方に恵まれました。これは嬉しい事です。
    今でもそうですが時には競い合う仲ではありますが、仕事の事を含め語り合える

    仲間がいるのは本当にありがたいと感じる事が多いですよ。皆さんありがとう!

  • デビューの頃、マンガ家として成長していくために特に何かした事、勉強した事などはありますか?
    自分に足りない物の余りの多さに、「如何にその弱点を克服できるのか!?」を
    テーマに色々と取り組みました。ざっくりとしたお話で申し訳ありませんが、
    ここでその弱点を上げて行くのも恥ずかしいので勘弁して下さい(汗)
    ただ色んな事を試みました…その都度、形は異なりますが。

    勿論、今でも…ですよ(笑)

  • デビューの頃、マンガ家として特に何か悩んだ事などはありますか?
    「(包括的な意味で)どうしたら漫画が上手くなるのだろう…?」
    自分の描く物にはそれなりに自信があったデビュー前。

    そしてその幻想が打ち砕かれたデビュー後。
    意識改革を含め自分がどういった作家を目指せるのか…正直、描きたい物が

    見つからず悩みに悩んだ時期があります

  • デビュー作を今の自分が再評価すると100点満点中何点?
    そんな酷な事を聞きますか?
    漫画的には間違いなく「0点」です。
    ただ、自分としての記念碑的な位置づけである事とか鑑みるに

    ある意味「100点」を付けてあげてもいいかな?(笑)
    とにかく「第一歩」である事実には違いないのですから…

    出来の悪い子程可愛いって言うのが一般論でしょ?(汗)

  • またその理由は?
    あ、この設問の答えは前問に一緒に書いてしまいました(汗)

  • マンガ家としてデビューするために必要な事はなんだと思いますか?
    これに関しては本当に個人個人で異なると思うんです。
    夢であったり実力であったり行動力であったり。僕にとっては運と環境が大きかった。
    この仕事に就かせて頂き、また続けさせてくれています僕の周りの皆さんに

    感謝の気持ちで一杯です

  • これからマンガ家を目指す人達になにか一言
    これも個人個人で異なると思いますので抽象的なお話で御勘弁を。
    どんな事をするにも所謂、流れみたいな物があります。

    「風が来た」「波が来た」みたいな感じの。
    それを察知したら乗り遅れないよう努力をして下さい。

    一度それを逃すと下手すれば10年しないとまた流れは巡って来ないかも知れません。
    これは経験的な話ですから(汗)
    では皆さん頑張って下さいね! 僕も負けないように頑張ります!!

  1965年10月21日生まれ。
 1989年、『過激刑事(かげきでか)大場純希(おおばじゅんき)で「月刊少年マガジン」にてデビュー。
 92年から96年まで「コミックボンボン」にて『SDガンダム』や『ゴジラVSモスラ』等のコミカライズを担当。
 93年からは『劇画「徳川家康」疾やかりし者の記憶』(日本文芸社)、『実録 音速の貴公子 アイルトン・セナ』(竹書房)などの伝記的作品や夏目漱石の名作をコミカ ライズした『門』(宙出版)、また『スーパーロボット大戦』シリーズのコミカライズなどを意欲的に手がけ活躍の場を広げている。
 最新作は12月下旬発売予定『スーパーロボット大戦Zアンソロジー』(一迅社)に収録される。

HPはこちら→「川石帝国」http://homepage2.nifty.com/kawaicroom/index.html



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