●そのころの思い出話を


最初は(牧場に)寝泊まりしてたの、1週間か2週間。
ところがね、体がだんだん元気になってくるわけ。
少し精神的にも持ち直してくると、
とりあえず日曜日は休ませてくれって頼んで、
どこ行くのかって言うと、
街のホテルを土曜日から取るの。
土曜の夜と日曜の夜必ず山の下の街のホテル取って、街で遊ぶわけ。
で、月曜日の朝に山に上がって牧場に帰ってくる。

後半の3週間ぐらいは、
それでお願いします、わがまま許してくださいって言って、
それで、そうこうしてたら編集の連中が、2社の連中が、
慰問に行っていいかって言うから、
いいよって言ったらさ、あいつら慰問じゃねーんだよ。
ゴルフバッグ担いで来やがんの(笑)。

でも、ここ牧場だろ、周りにゴルフ場なんかないんだよ。
ないって言ってんのにゴルフバッグ担いで来て、
ないのかよって、その日に札幌に帰って行ったんだから(笑)。
何しに来たの? ゴルフバッグ担いで慰問はないよな。

そのころ一番驚いたのは…、
静内でどんなに飲んで騒いでも3万円いかないわけ。
たまたま友達とか来て飲みに行ったり、
牧場のスタッフ何人かで飲もうよって言うと、
ギリギリ3万円超えるときあるわけ。
領収書くださいって言うと、ほとんどの店が収入印紙がないって。
3万円以上誰も飲んだ事がないって言うぐらいすごいところだから…。
なんかね、楽しかったな、えらく。

でも、周りから見れば変だよね。
牧場で働いているって言いながら……、
ベンツのでかい車乗ってたんだよ(爆笑)。
東京からフェリーで車乗っけてこっち来てたから。
大きなベンツ乗って牧場で働いてるお方がいつも飲み来るわけだよ。
しかも、もう40過ぎてるわけだから。

あのオヤジはなんなんだろうって、
もの書いてるって言ってなかったわけだから。
みんな、どんなふうに思ってたんだろうね。
もちろん、一緒に働いてた奴らは知っていたけどね。

働いているあいだは、一切漫画は見てなかったな。
新聞、テレビ一切見ない。
なぜか見ようとも思わなかったね、漫画もね。

土曜は街に出て、場外馬券所行って競馬やって、
で、また月曜から土曜までか、
それはそれでけっこう目一杯働くんだよ。
だから、2〜3週目に編集が慰問に来たときに、
俺の体型が変わってたわけよ。
ジーパンがブカブカになってるし、すっごいシェイプアップしてたの。
やっぱり農作業ってのはすごいわ。
体にはメチャメチャきついんだろうな。
そういう意味では、やっぱり精神的にも立ち直った感じあるね。
まず体から変わっていったって感じがあるから、うん。

あれはよかったんだろうな…。
今でもなんか苦しくなって、なんかあったら、
1ヵ月ぐらい働かしてもらおうかってのはあるよ。
今は、もっとずるく働いたふりをするだけかもしんないけどな。



●原作者をやめようとは考えませんでしたか?

それはない。やっぱりリハビリ?
周りから見れば健常者なんだけど、
俺の中ではほとんど健常ではないわけさ。
這ってるような状態だったんだよ、きっと。
やっぱりここでリハビリしないと、
這えないっていうか動けなくなっちゃうぞっていうのが、
あったんだろうかな。

今考えるとよくわかんないんだけど、
そのときはそう思い詰めてたんだろうな、そうやって…。
チビ…、子供生まれたばっかでしょ。2〜3歳かでしょ。
あっ! それと厄年ちょっと過ぎたあたりだ。
だから、ちょうど肉体的には端境期であって、
それに対して、精神的にもやっぱりへこんで来て、
あらゆる意味で、俺の中では精神的にも肉体的にも
ターンニング・ポイントであったのは事実なんだな。
その中で思い込んだというか、思い詰めちゃったんだな
っていう感じはあるね。

だってさ、本来、編集長とか出版社がOK出すわけないでしょ…。
っていうことはさ、俺も相当切羽詰まった言い方してたと思うよ。
本当に今休まないと、俺はダメになっちゃうかもしれないって。
それは冗談じゃなくて、けっこう真剣に休ませてくださいと
言い出したんだと思う。
そうじゃないと、なに言ってんですかで済む話でしょ。
それが編集長、首かけてOKしてくれたわけだから…、
そういう意味では、編集さんには迷惑かけている、悪いけど。

でも、なんとかそれで持ち直したからね。
だから、この牧場のおかげですよ。
まだ、こんなにきれいな牧場じゃあなかったけどね。
作っている最中だったから。
本当に、牧場の仲間っていうか、一緒にやってる連中も、
なんだろうと思ってるよな、このオッサンを。
一応、はたから見りゃ元気で、毎週土曜日酒飲みに街下りて行くわけだから。
はた目から見てりゃ、まったく元気なのんべのおっちゃんだからね。

百姓出身ってのがあって、百姓仕事ってわりと出来ちゃうのね。
そんなに好きじゃないけど、鎌でもなんでも普通の人よりは使えるわけ。
そうやってるとランニング・ハイじゃないけど、ワーキング・ハイか、
働いている自分が楽しくなって来るんだよ、ある瞬間から。
それはやっぱりあったな。
じゃないと逃げ出してたろうし…。

だから、妙に汗出し働いてる自分っていうのが好きになっていくから、
それが、やっぱり一番のリハビリだったんじゃないかな?
もう一度、あー、俺、けっこうがんばれるわって…、
楽しかったからな。
自分を決して、痛めつけにきたわけじゃなくって、どこまでもう1回…。
見つめ直すとか、そういうたいそうなことじゃなかった気がするね。
ただ単純に…、うん…、
どっかでやっぱ体作ろうというのがあったのかな。

精神的なものもあるけど、肉体的な不安感ってのが大きかったかもしれないね。
厄年ってのは本当にそういう意味では、体の変調っていう時期かもしれないね。
ちょうどこっちに来たころに老眼も始まったわけ。
乱視も入って来て、だからほんとにその時期だね。


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